「リョーコさん」
初めてリョーコさんにお会いしたのは、展覧会オープニング・セレモニーが始まる直前の事でした。
リョーコさん:「美術館より依頼を受けやって参りました。」
事前に聞かされていた”通訳さんはロシア人”だったため、少し面食らいもしましたが、それが”日本人”だとわかると、より頼もしく感じられ同時に楽しみにもなりました。
今回のハバロフスク滞在中の宿は、ホテルではなくホームステイです。ホテルの方が自分のペースでいられますし、気を使う事も無く快適に過ごせるのはわかってはいましたが、何より”ロシアの暮らし”というものに興味があったため、一般家庭でお世話になる事を望んだわけです。
「通訳さんは日本人。”ロシアの暮らし”+”ロシアに住む日本人の暮らし”を垣間みる事ができるかも?」
と、ハバロフスク滞在がより楽しみになってきました。
リョーコさんは、1991年ハバロフスク対外友好協会連合会の招きでロシアに渡り、日本文化の紹介に力を注ぎます。そして1992〜94年までの期間、元モスクワ放送ハバロフスク支局の日本国内向け放送のアナウンサーとして働きました。1996年、歌手で俳優のウラジミール・ジバエードフさんと結婚し、以来、日・ロ交流コンサート開催の橋渡しを行なっています。
”ハバロフスクに20年以上暮らしてみえる日本の方から、ロシアでのいろいろなお話を聞かせて頂けるなんて!!”
「ハバロフスクに来て、日本食なんて食べていないでしょう?ウチへいらっしゃい。」
「お店のボルシチは何度も食べたでしょうけど、家庭のボルシチはまだ食べていないでしょう?ウチへいらっしゃい。」
と、2度もご自宅へお招きいただきました。
そして様々なロシアでのお話を聞かせいただきました。他愛のない話から、この場では話す事を躊躇するようなお話まで・・・
ここで1つ、”旬”(?)なお話を。
昨日より公開が始まりました話題の映画、「人類資金」。
この映画は4ヶ国でロケが行なわれたそうですが、その1つのロケ地がここ”ロシアのハバロフスク”でした。そしてこの映画にリョーコさんは通訳として参加されたそうです。
リョーコさん:「何と言いましたか・・・たしか、◯◯ジョージ?、いや、◯◯ジョー?・・・今、日本でとても人気のある俳優さんみたいですよ。」
私:「所ジョージ?・・・あ〜、オダギリ・ジョーですね!?」
リョーコさん:「そうそう、オダギリ・ジョーさんです。彼の役どころは流暢にロシア語を話す日本人ということでしたが、彼は本当に綺麗なロシア語を話していましたよ!」
私なんかは、何日経とうが全然ロシア語が上達しませんが(当たり前です、勉強してないんですから)、やはり俳優さんはすごいです。まさに”プロのなせる業”ですね!
・・・なんて他愛のない話でした。
別の話になりますが・・・・
私が美術館に在館中にも、日本のTVスタッフの方々が美術館へやってきました。こちらは取材というわけではなくオフのようでしたが。お話を伺うと、「今、ジャニーズ事務所のなんとか君(忘れました)が、極東の街ハバロフスクとウラジオストクに滞在し、何か(忘れました)をする番組のため撮影に来ている」との事でした。(スミマセン、興味を持てなくて)
また少し前に放送された、「世界行ってみたらホントはこんなトコだった」という番組でもロシアが特集され、モスクワ・ソチは勿論ですが、極東の街ハバロフスクにも随分と時間がさかれていました。
映画「人類資金」に、ジャニーズの番組、「世界行ってみたら〜」。
今、ハバロフスクが熱いのかなっ!?
話が脱線しましたが、
とにもかくにも、”リョーコさん”に出逢えたことが、今回のロシア滞在をより”実りある物”にしてくれたことに間違いありません。個展のための”美術館の往復”だけでは得られない、「ロシアでの日々の暮らし」を見せて頂いた気がしています。
公私ともに本当にお世話になりました。
帰国の際、ありがたいことに見送りのお申し出まで頂きましたが、早朝の出発のためお断りしました。
帰国後のメールで解った事ですが、リョーコさんとジバエードフさんは早朝にも関わらず、わざわざ空港まで見送りに来て下さっていたそうです。お会いする事はできませんでしたが・・・
それもそのはず、日にちを間違えた!
とのことでした。
「北村さん」
オープニング・セレモニーにお越しいただき、その後行なわれた「マスタークラス」、「子供インターネットニュース」では、通訳としてもサポート頂きました、「在ハバロフスク日本総領事館」の北村さん。
聞くところによれば・・・彼女は日本の大学を休学し、モスクワへ留学後、現在ここハバロフスク日本総領事館で3年の研修期間を勤めている。とのことでした。
彼女はこれからもいろいろな勉強・経験を積み重ね、益々素敵な女性になっていくことでしょう。
彼女はこれからもいろいろな勉強・経験を積み重ね、益々素敵な女性になっていくことでしょう。
「サーシャさん」
今回の個展開催にあたり、美術館サイドの窓口として、全ての事に尽力下さいましたマネージャーの「サーシャさん」。
ロシアに滞在するための招待状の作成から、ホームステイ先の手配、空港への送迎に、美術館内でのサポートetc、挙げ出したらキリがありません。
ロシアに滞在するための招待状の作成から、ホームステイ先の手配、空港への送迎に、美術館内でのサポートetc、挙げ出したらキリがありません。
ある日、休日のサーシャさんより電話が入りました。
「タカハシさん、全て上手くいっていますか?何か困った事はありませんか?何かあれば言って下さい。私が何とかしますから。」
サーシャさんとは、そんな人です。いつも穏やかで心優しい素晴らしい人物です。
「カバノフ中尉」
画面中央で腰を落としライフルを構える日本人男性。
彼が今回の”ロシアへの道”を照らして下さったカバノフ中尉です。
とても興味深い人物です。
とても興味深い人物です。
私たちがハバロフスクへ到着した日、彼はボランティアでアムール河が氾濫しないよう(連日の大雨により)土嚢を積んでいたそうです。
・・・・不思議な魅力の持ち主なのです。
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